「向日葵の丘」 あのスピーチの場面

いよいよ、本当にスピーチのシーンまで来た。
その冒頭の映像を見るだけで涙が込み上げる。俳優というのは、本当に凄い。スピーチだけで、言葉だけで、音楽もなしで、観客を感動させてしまう。その力とは一体何なのだろう。5分に及ぶ長いスピーチ。それを彼女は一気に話した。現場のスタッフまで涙した。
その感動のスピーチを撮影したのが、下写真で僕が立っている場所のすぐ前。後ろ姿の助監督君が立っている場所である。撮影まえの打ち合わせをスタッフとしているスナップだ。でも、まさに、その場所が涙の名演技の立ちイチなのだ。
そのスピーチ。もう、僕が書いた台詞ではなかった。
彼女が心からそう思い、多くの人に自分の気持ちを伝える言葉となっていた。だからこそ、胸を打ち、涙が込み上げる。これは小説や漫画では残念ながらできない。活字になってしまった言葉を読むのと、声として聞くのは伝わり方が違う。ここが映画ならでは強さ。
そして、そのスピーチ、この映画を作った意味。これまで映画を作り続けて来たことの意味だ。最初は「子供たちに伝える大切なこと」をテーマにしていた。が、やがて親がバカで子供が苦労することが分かって来て「親子に伝える大切なことが」がテーマとなった。
さらに、いろんな現実を見ていて考える。
なぜ、子供たちは苦しむのか? 子供たちの幸せを願うはずの大人たちが、なぜ子供たちの未来を奪うようなことをするのか? さらに突き詰めて行くと、幸せって何だろう? 家族って何だろう?という疑問。父親は家族を子供たちを幸せにしようと働く。母親は子供たちが無事に育ち幸せになることを願う。
しかし、戦後の日本。バブル期の日本。そして長く続く不況の中の日本。その中で日本人は、家族は、我々は本当に大切なことを見失ってはいないだろうか? 目先のことに振り回され、世間の風潮に引っ張られ、マスコミや広告に乗せられて、どちらでもいいことにムキになり。互いに傷つけ合ってはいなかったか?
幸せとは何か? 家族とは何か?
日本人はこれからどこへ向かうべきなのか?全ての答えを探して、「向日葵の丘」はいよいよラストシーンに向かう。そしてスピーチのシーン。できれば、ここは監督して編集するより。観客として見たかった。その素晴らしい名演。編集しながら涙するのは、あまりにももったいない。でも、その場面の作業を始める。本日も携帯もメールも見ない。編集に専念する。

「向日葵の丘」監督日記 いよいよ、劇中映画のタイトルも届く!
「向日葵の丘」監督日記 いよいよ最後の撮影?
「向日葵の丘」監督日記 映画監督は冷静ではいけない? 感情的でないと駄目?
「向日葵の丘」監督日記 やっと編集が終わったと思ったのに!
映画の中にもう一本の物語ー黒澤明監督の「赤ひげ」と「向日葵の丘」
「向日葵の丘」監督日記 いよいよ最終日!本日で長さは決着。
「向日葵の丘」監督日記 いよいよ最後の撮影?
「向日葵の丘」監督日記 映画監督は冷静ではいけない? 感情的でないと駄目?
「向日葵の丘」監督日記 やっと編集が終わったと思ったのに!
映画の中にもう一本の物語ー黒澤明監督の「赤ひげ」と「向日葵の丘」
「向日葵の丘」監督日記 いよいよ最終日!本日で長さは決着。
2014年08月03日 Posted byクロエ at 11:49 │Comments(0) │編集作業
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。