「向日葵の丘」「編集する」機能を司る脳と、「話す」機能を司る脳は違う?

「請求書が届いてないんだけど?」
との連絡あり。あちゃー。このまま行けば編集の霊(?)が降りて来てガンガン行ける!と思っていたのに....でも、それは送らねばならない。ということで中断。また、近所のハンバーガーショップへ。自宅はゴミ屋敷(本当はゴミではなく資料の山?)状態なので、作業するスペースがなく、出かけねばならない。
毎回、思うのだが、編集作業を司る脳と、
声を出して話をする機能を司る脳のパートは絶対に違う。編集中に電話がかかってきてもパッと出れないし、出てもうまくしゃべれない。逆にいうと、電話で話せる状態というのは編集モードに入っていないということだろう。スイッチが完全に入ると、電話どころかコンビニで店員と話すことさえ、うまくできなくなる。商品をカウンターに置いて、お金を払うだけならいいのだが、「****ありますか?」とか、ウインドウの中の商品を頼んで出してもらう(コロッケとか)というのが出来なくなる。
一体何なんだろう?
と思うが、たぶん、脳の中の言語を司る部分と、絵や文字を認知して想像していく部分が違うのだろう。編集やシナリオをスタートすると、そちらに大量の血が流れて、言語部分に血が行かず、うまく機能しないのではないか? 似たようなケースでいうと、テレビを見ながらご飯を食べることはできる。でも、Hなビデオを見ながらご飯を食べにくい。これは脳の食欲と性欲のパートが同時に機能しづらいということから来ているらしい。近い位置に両者はあるらしいのだが、同時には厳しいらしい。
同じように編集脳と言語脳は近いところにありそうで、
実は両者を同時に働かせるのは難しいのではないか? ただ、編集をしながら「書く」というのはできる。このFB。メール等。だから、関係者には編集中に何かあればメールをしてほしいと頼む。電話の返答はできなくても、メールの返事はできる。やはり、「書く」と「編集する」脳は同じ部分なんだろう。

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2014年06月10日 Posted byクロエ at 21:08 │Comments(0) │編集作業
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